ふわりとした雪が宙を舞う。
空は灰色、今日の天気予報は雪だるまマークだった。
豪雪とまではいかなくとも、傘なしで家路につけば確実にびしょぬれになる程度の雪ではある。
暑さに弱いが寒さにも弱い幸村は三年生が引退し
好きに使えるようになった部室のストーブの前で震えていた。
室内でストーブの前だというのにマフラーをまいてコートを着用、手袋もしている。
更にはカイロも背中と腰にしこんでいるのだ。
部室の中は室内だというのにはく息が白い。
時計の短針は五と六の間をさしていた。

「なあ…蓮二…。なんでうちの部は全国で優勝するほどなのに
部室にはこんな旧式のストーブしかないんだ。
ありえないだろ、これ。
私立ならエアコンぐらいいれてくれていいと思うんだ」

ストーブの横でまるくなっている幸村を適当に流しつつ柳は部の会計やら練習メニューやらをノートに綴っている。
ちなみに柳の服装はブラウスにネクタイ、ブレザー上着といった普通の制服である。
幸村のようにカイロもしこんではいない。

「そんなに寒ければさっさと帰ればいいだろう。
もう部活の時間も終わっている。
それとも俺を手伝ってくれるのか?」

手伝って…のあたりで柳の言葉を間発いれずさえぎる幸村。

「断固として断る。」

「ならばさっさと帰ればいいだろう。」

幸村はよほど寒いのか先ほどの格好のうえに更にジャージをはおっていた。
ストーブのうえには水をはったやかんをおいていた。
やかんからはしゅんしゅんと音をたてて蒸気がたちのぼっている。
今、部室は柳の文字を書く音とやかんの蒸気の音以外物音がしない。

「傘がないんだよ。
天気予報なんて見てこなかったし。
あ、蓮二は何飲む?俺はココアね。」

「俺は普通に茶でいいが……
お前は俺にいれさせる気だろう。」

溜め息をつきながら柳は鉛筆を置き、立ち上がった。
仁王がどこからかもってきた小さな棚からカチャカチャ音をたてながらカップをとりだす柳。
片方は「俺専用」とマジックで殴り書きされた100均で売っていそうなマグカップ。もうひとつは渋い色をした湯飲み。
紅茶、緑茶、ティーポットは棚のうえに常備されているので慣れた手付きで柳は準備している。

「あっ、ココアは棚の引き出しの二段目だから。
この前、ブン太が持ってきてしまってるのを見た。」

言われるままに引き出しをあけるとそこにはヴァン・ホーテンのココアが入っていた。
他にも、粉末の抹茶ミルク、ホットレモンなどがいつのまにか置いてあった。
ものからしてこれもブン太のものだろう。
柳はココアの袋を引き出しからだしたあと袋をながめて少し考え込んだ様子だったが、
棚の中からティースプーンをとりだして適当にココアの粉をすくいカップにいれ、やかんのお湯をそそいだ。
部室の中には甘い香りがたちのぼった。

「ほれ、これでいいか」

相も変わらずストーブの前で丸い物体になっていた幸村に手渡した。

「ありがとー!!
さすが蓮二、ちょう好き!!」

と言いながらも幸村はストーブのまえから動かない。あまりに丸くなっているので少しつついたら転がるのではないか、と思えてくる。
ストーブのまえで少しご機嫌になった幸村。
手袋をはずしてカップを両手でつつみこむようにして持ち、にこにことココアを口に運んでいる。
その様子を見ながら抑揚のない口調で柳は言った。

「ところで精市、この数字、何だと思う」

言いながら手に持って指差しているのは先程のココアの袋。
その指先に視線をうつすとなにやら数字がかかれている。


99.02.06


「っ………!!!」

まんまるくなっていた幸村は突然たちあがりカップを机に置いた。
さっきの丸い物体とは思えない早さだ。
机に置かれたカップからは、まだ湯気がたちのぼっている。
ストーブの炎は先ほどより若干弱くなったようだ。

「気付いたか?」

「気付いたか、じゃない!!!
お前、知っててそのままだしたな?」

「まあ粉ものだし大丈夫かと思ってな。
実際お前が普通にのんでいたから大丈夫だとわかった」

キーッと怒る幸村に対して柳はいたって冷静だ。
冷静というよりいつもと変わった様子が観察できない、という感じにも見える。

「99っていったい何年前だよ!!!
ブン太もそんなんおいていくなよ!!!」

ガチャッ

幸村の叫びを遮るようなタイミングで部室のドアがあいた。

「幸村部長…外まで声聞こえてるんすけど…」

「幸村………」

真田と赤也の姿がそこにあった。
ふたりの頭にはうっすら雪がつもっていた。
開いたドアからは冷たい風が吹き込んでくる。
ストーブの炎は風でたよりなさげにゆらめいている。
時計の短針はもうすぐ6をさそうとしていた。

「寒っ!早くドア閉めて!閉めて!!!」

相変わらずのテンションで幸村は叫び、真田が呆れつつドアを閉めた。
と同時に幸村はまた叫びを開始した。

「聞いてくれよ、真田っ赤也っ!!!
蓮二が年単位で賞味期限切れのココアで俺を殺そうとしたんだよ!
ひどいと思わないかい?!」

幸村の叫びも虚しく相変わらず真田も赤也も呆れ顔になっている。
幸村のこのおかしなテンションはいつものことなので柳を含めた三人…と言わず部員全員も慣れたことなのだ。

「まあ待て…幸村…。
殺すも何も叫ぶ元気があり余っているではないか…。」

そこでそろそろ面倒くさくなってきた柳が幸村に言った。

「ところで幸村、弦一郎もきたことだしそろそろ帰ったらどうだ。
弦一郎、傘は持っているのだろう?」

「なんだ、幸村、傘を持っていないのか?」

さっきまで叫んでいた人間と同じとは思えないような
きらきらの笑顔で真田をみつめがっしり手を握っている幸村。
恐ろしい変貌ぶり。

「そうなんだよ!傘なくて困っていたんだよ!!
だから真田を待っていたんだ!」

あまりの変貌ぶりと剣幕に真田は

「あ…ああ、そうなのか…」

と一言こたえるしかできなかった。
若干引き気味の真田に対して幸村は一昔前の少女漫画にでてくる美少年顔負けのきらきら笑顔。
これが本当にストーブの前で丸くなっていた物体と同じ人間なのだろうか。
いくら幸村のおかしなテンションを見慣れているとはいえ、やはりあきれてしまう。

「真田、傘持ってきてるだろ?!
入れてくれ!!」

と言いながらも返答を待たずに幸村はいつのまにか準備をしていた荷物を背負い、真田を外にずるずるとひきずっていった。

パタンッ

嵐が通ったあとのような部室。
あとに残されたのはぽかーんと呆気にとられている赤也と何を考えているかわからない顔をした柳、そして飲みかけの少し冷めたココア。
赤也は今なにがあったのか理解しきれない様子で立ち尽くしている。
ストーブの火はぼんやりと弱い光をはなち今にも消えそうだ。
外は雪、部室には二人、あたりは静寂につつまれた。

「赤也」

ぼんやりしていた赤也が柳に声をかけられハッとした。
柳の一声で現実にひきもどされたようだ。

「あっ…柳先輩。
何っスか?」

「このココア…飲むか?」

「先輩……。素直に捨てて下さい……。」





07.02.03